2013年01月23日

出発点 1979〜1996/宮崎駿 (1)




●親に食い殺されるな〜無垢に捧ぐエートス
(ぼくは)少年・青年と成長していくにしたがって( 中略 )いい子ではいけない、自分の目で見、自分で立ち上がって生きていかなければと気づき、それが高じて、子どもの本質的な純粋ささえもないがしろにしようとし、しかも、受験という暗ヤミ状況もあって、恨みツラミの劇画を描いたんですね。
それが「白蛇伝」を見て、目からウロコが落ちたように、子どものすなおさ、大らかなものを描いていくべきだと思ったわけなんです。しかし、親というものは、子どもの純粋さ、大らかさをややもすれば踏みにじることがあるんですね。そこで、子どもに向かって「おまえら、親に食い殺されるな」というような作品を世に送り出したいと考えたのです。親からの自立ですね。 82

●魅惑と畏れ〜映画を見ていた子どもたちが、一斉に椅子の下に隠れた
どこかの幼稚園で(の上映会か何かで?)、トトロの穴蔵にメイが入っていった時、子どもたちが椅子の下に隠れたということを聞いて、うれしかったですね。子どもにとって、恐いとか、不気味というのは、可愛いとか、面白いとかと交ざっているんです。ワクワクするというのは、どこかで怖いんですよ。それを分けてしまって、小鳥やお花、蝶々が可愛くて、こちらは気持ち悪いとか、害を与えるものと、分けるのは間違いですね。ビールビンもラムネのビンも蝶々も、どこかで世界がくっついているんですよ。それを大人の価値観で分けて、「蛇が出てきたらキャーと言うべきだ」とやっちゃうから、実につまらない子どもたちができてくるんですね。 557



『マイトレイ/エリアーデ』〜魅惑についての覚書
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急にマイトレイの顔が見たくなり、書庫へ行った。
この物語にとってその日のことは重要な意味がある。日記を書き写そう。
<彼女はうち萎れて、半泣きだった。ぼくはきみに呼ばれたので来たと言った。その言葉に彼女はびっくりした。そのあと、手紙の途中だからまた、と別れた。書き上げて戻って行くと、マイトレイは机の前の長椅子で眠っていた。
呼び起こした。彼女ははっとして、目を大きく見開いた。ぼくはひたと見つめた。彼女は目と目を合わせてぼくの視線をむさぼり、ささやくように「なあに?」と訊ねた。そのあと彼女はもう声が出ず、ぼくの方も問いかけることができなかった。二人は陶然としてじっと見つめ合い、得も言われぬ同じ優しく流れるものに身を委ねたまま、抵抗できず、魅惑を振り捨ててわれに返ることができなかった。その情動をうまく描写できない。その前では魂が何一つあらがおうとしない、静かで同時に凶暴な喜び。天上の幸せに、恩寵に関わっているかのような、官能を超えた諸感覚の至福。初め、その状態はただ見つめ合うだけで保たれていた。それから、二人は互いの手に触れ始めた。それでも目は離さずに。荒々しい握り締め、献身の愛撫。(注記/その直前にチャイタニヤの神秘愛について読んでいたので、自分の体験をここで神秘的用語で表現している。)その次は、自然に、手への接吻。彼女はほとんどわれを忘れて、情熱的に(しかも純潔に)唇を噛みしめていたから、唇にもキスできたろうし、何でもできたろう。ぼくは力を振り絞って自制した。状況は危険そのものだった。階段から丸見えだった。マイトレイは神秘的情動状態である。(注記/当時私はヴァイシュナヴ派の文献の影響で、日記で盛んに「神秘的」という用語を使った。いずれにせよ、殴り書きの手帳に書き留められたこの日のできごとの注釈は、終始「神秘的体験」ばかりだ。こっけいなもの。)もう一度、なぜぼくたち二人は結ばれることができないのかと訊ねた。彼女は震え上がった。試そうとして、ぼくは彼女がタゴールに教わった純潔を危険から守るためのマントラを二度唱えてくれと頼んだ。しかしながら、それを彼女が繰り返した後も、魅惑は消えなかった。これで彼女に証が立ったわけだ。というのは、二人の経験は、正直な肉感として表明されているにもかかわらず、性ではなくて愛に根ざしているとぼくも信じていたから。ぼくは、触感による、視覚による、肉による超自然との接触という人間的驚異を感覚し、検証した。この経験は、二人が疲れはてるまで二時間続いた。それは、相手の視線を見つめるだけで、いつでもまた始めることができるのだった>
マイトレイは、私にサンダルを脱いで足を彼女の方へと言った。初めての足の接触の興奮を決して忘れることはあるまい。それまでに堪え忍んできた嫉妬羨望のすべてが酬われた。くるぶしとふくらはぎのこの忘我において、いまだかつてなかった形ですべてを私に与えきったのだと分かった。テラスでの情景は忘れた。これほど神々しく私をだますことはだれにもできないだろう、この足の接触ほどには、と私は胸につぶやいていた。 88



●子育ては大変
子育ては本当に大変で、終わると「今度はもう少し、うまくできるんじゃないか」という気がするんですが、その時はもう体力がないんです。 558


●迷惑をかけあうのが人の世
「他人に迷惑をかけない」なんてことはありえないのだと思います。愛情と善意に溢れていても、互いに自分の影を押しつけあい、迷惑をかけあって、育ったり暮したりするのが人の世なのだと思うようになりました。 170

●本物の自律と、満たされない思いに
本当に自分というものが確立している人間は、どこへ行っても誰に対しても、同じ態度がとれるはずなんです。( 中略 )世の中に出ていくということは、そういうことをいっぱいやらなくてはいけないんです。そうやってうまくいったかどうかということじゃなくて、それで満たされない部分があるということが問題なんです。そういうときに何がいちばん自分たちを満たしてくれるのだろうか。 514

●愚かさは否定できない〜自覚、自意識、我が身だって・・・・・という痛覚
ひどいときには駅員にこの改札口でいいのかどうか、訊くことすらできない、町の中でどの道を行けばいいのか、立ち止まって見回すのも恥ずかしい。ひたすら違う道を歩いてとんでもないところへ行ってしまう。そういう愚かなことをいっぱいやって( 中略 )この歳になったら、そういうことを一種ほほえましく客観的に見られるようになったんです。
( 中略 )
誰でも経験があると思うけど、いろいろとバカなことをやってるいんですよ、人間は。だからそれをよくないとか正しくないと否定することはできないと思うんです。いくらでもやっていいということじゃなくて( 中略 ―― 思い出したら叫びたくなるようなことも)やってるいるわけだけど、それも必要なんだ、そういうこともやらなきゃいけないんだ、という感じかな。 516

●加速の時代に〜仕事があるという感動 518(意訳)
日本はまだ仕事がいっぱいあると思っているから、仕事を持っていること自体にみんな感動を持っていないけど、世界的にみれば仕事がない国のようが多い。学校を出たらそのまま失業とか、そういう国のほうが多いんです。
( 中略 )アメリカが債権国から債務国になったのは第一次世界大戦のときで、それからピークを迎えたのは五〇年代。( 中略 ―― アメリカの経済が落ちてきたといわれるが)それはイギリスの全盛期のヴィクトリア時代から没落していくまでの期間よりも、はるかに短い。中国の春秋戦国時代だったら五百年でももっていた( 中略 ―― 貧乏や戦争があっても、それくらいは)。ソ連も昔の王朝なら三百年はもったのに、社会主義体制が七十年しかもたなかった。時代にものすごく加速がついている。



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【 時代について 】(BT 2012_7 『デミアン・ハースト』)
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H 僕がやったことの多くは、あるいは若いアーティストがやることの多くは、すでに誰かがやったアイデアと同じだったりする。何かをやるためには美術史を貪るように勉強しなければだめだ。そうすることで、自分にしかできない何かのための用意ができる。あるとき、自分がつくっているものに、僕が生きている時代がまったく反映されていないと気づいた。 「今はどんなものが意味を持つんだ?」 
ある意味、今までこんな時代はなかった。とにかくたくさんのことが起きている。現状に対応するには、今までとは違う方法で臨む必要がある。まずは自分の過去に立ち戻ってみよう。ということで、リーズの解剖学博物館で人体を観察してドローイングを描いていたことを思い出した。
僕が求めていたのはダヴィンチとは違った。僕の興味が直接的に向かっていたのはタンクの構造だった。それをそのまま作品にした。
 48



●カオスの時代を生きていく 519(意訳)
(紅の豚の)製作に入ったとき、時代の転換点に来たなということは感じていたのですが、( 中略 ―― 今までは、どんな時代か把握した上でやってきたつもりだけれど)、この転換点がどういう変化をもたらし、どんな意味を持っているか……よくわからないまま作るしかなかった。
作り終えて、見極めがつきました。
一言でいって「グチャグチャになりながら、それでも生きていくしかない」ということです。
八〇年代までの未来観として、ある種の終末論があったと思うんです。日本がこのままどんどん大きくなって、ある日ドカーンとなにかがはじけて、文明が一挙に滅びたり、東京に再び関東大震災がきて、一面焼け野原になったりとか。( 中略 ―― ひどいことになると思いつつ)みんなそうなったらしえせいするだろうなという、願望があったと思う。
一種、終末観すら甘美だったんですよ。
それが九〇年代に入って、ちょうど「紅の豚」の企画が動き始めたころですが、ソ連は崩壊し、民族紛争が激化して( 中略 ―― 日本では)経済のバブルが弾けたのを目の当たりに見てきた。そう潔い終末は来ないと感じるようになったんです。
( 中略 )
二十一世紀というのはケリがつかない。全部引きずって、同じばかなことを繰り返しながら、それで生きていくしかない。(気候も環境も悪くなって)アトピーや神経症、エイズや癌患者も増える一方で、いろいろなことに脅えながら、それでも何とか健気に生きていこうと、子どもをなるべくたくさんつくって、時代と一緒に生きていくほうがいいんだと。日本だけ鎖国して、世界と離れて生きていくことができない以上、人口は増えつづけていく世界のなかであいつらが悪いんだといって鎖国するとか、人種間戦争をやるとかじゃなくて、まあしょうがない、一緒に生活しようよ、頭に来ることがあっても我慢しあって暮そう、それしかないし、それがいいという見極めがついたんです。
これで、ぼく自身はあと十年半ぐらいは元気で生きていられるんじゃないかな。「紅の豚」でそんな元手を手に入れたような気がします。(「アニメージュ」一九九二年八月号) 520

●暮らしのレベルでやれることをやる〜総論ではなく各論 532(意訳)
人間、どうも各論と総論のあいだのギャップが分裂しているからうまくいかないんですね。ところが往々にして、人間は各論で満足できるんです。
総論で俯瞰して眺め下ろすと、これはもうダメだ……と鬱々した気分に陥るんだけど、下へ降りて状況をあらためて見てみたら、目の前にはキラキラした道があって、歩いてるとなんとなく元気になったりする。どこに目線を定めるかで考え方は変わる。それもどうなんだろうと思うところもあるけれど(笑)
僕はシンポジウムや講演で壇上から大きなことを喋るより、車に乗って排気ガスを出したりダメな自分でダメに生きてることを忘れずに、暮らしのレベルでやれることをやっていきたい。本当はこういうことについてだって、なにも言いたくない。言い訳もアピールもしたくない。黙ってやっていたい。

【 矛盾的自己同一 ―― 西田幾多郎西田幾多郎 】



最晩年に示された「絶対矛盾的自己同一」は、哲学用語と言うより宗教用語のように崇められたり、逆に厳しく批判されたりした。その要旨は「過去と未来とが現在において互いに否定しあいながらも結びついて、現在から現在へと働いていく」、あるいは、鈴木大拙の「即非の論理」(「Aは非Aであり、それによってまさにAである」という金剛経に通底する思想)を西洋哲学の中で捉え直した「場所的論理」(「自己は自己を否定するところにおいて真の自己である」)とも言われている。そこには、行動と思想とが言語道断で不可分だった西田哲学の真髄が現れている。


●手塚治虫との訣別〜まったく無意味な死しかないのだ!
描いたものが手塚さんに似ていると言われました。それは非常に屈辱感があったんです。模写から入ればいいと言う人もいるけどぼくは、それではいけないと思い込んでいた。( 中略 )手塚さんに似ていると自分でも認めざるをえなかったとき、箪笥の引き出しいっぱいためてあったらくがきを全部燃やしたりした。全部燃やして、さあ新しく出発だと心に決めて、基礎的な勉強をしなくてはとスケッチやデッサンを始めました。でもそんなに簡単に抜けだせるはずもなくて…… 232

【 サッカーの長友との酷似 】 Number" target="_blank">Number 
「高校進学のために福岡へ発つ時、友人たちが渡した手紙や写真を破り捨てる場面がありますが、これは新たなスタートを切るための儀式的なものと言えるのかもしれません。こうした自己暗示によってモチベーションを上げ、より厳しい努力を積み重ねることができるのは、極めて重要なメンタルスキルと言えます」




ブラッドベリがやってくる/レイ・ブラッドベリ
劣等感を宿していると、ただただ経験不足によって、本当に技術が劣化することが多い。 157


虫プロの(作品である)『ある街角』を見た時、僕は手塚治虫に本当にさよならが出来ました。戦争をかざりたててます。終末の美(美という言葉を使いたくないだけれど)のナルシスムです。ヤマト(『戦艦ヤマト』)と同じ、あの世代特有のいやらしさが、ポスターのあの二人の男女の燃える様に現れている。そのクセ、少女だけが生き残っている。いや生き残らせる為に原爆をさけ、通常戦争にした。( 中略 ―― 戦争を省み、戦争を考え、戦争を表現するならば)あの小さな女の子には、まったく無意味な死しかないのだ! と描くしかないのです。 147

カチン族の首かご/妹尾隆彦
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送還乗船物品検査のとき、検査に来たイギリス軍の兵隊が聞いた。
「この紙は何か」
「今次大戦中のわたしの体験をつづった記録であります」
わたしは正直に答えた。
「キロク? 前もって指示されてあるとおり、そのような書き物の持ち帰りは許されぬ」
イギリス兵は無情に言った。
絵画、写真の類はダメだと聞いたが、個人の記録についてそのようなことは聞かぬ。わたしは必死になって抗弁したが「ノー」の一点ばりだ。
数次の戦闘中も、あの白骨街道さえ、命に代えてもと守りとおしてきた記録である。
これこそわたしの夢であり、命でさえもある。これを取り上げられたら、今のわたしに何が残るのだ……
クワーッと血が頭にのぼってきた。
英兵につかみかかろうとするわたしをおさえて、戦友が叫んだ。
「バカなまねはよせッ。今そのようなことをして、われわれの帰還に影響を与えては重大事だ。記録なぞ帰国後思い出して書けるではないか」
わたしは涙をのんで、かれの言に従った。
一時は、エピソードの創作者か、と見えた一面をもつ戦争も、所詮、徹底した悲劇の演出者にほかならなかったのだ。
刻明にしるした記録の没収とともに、わたしのカチン高原に対する夢も持ち去られてしまった。
わたしは、精魂こめたわたしの記録を、無造作にぶら下げて去るイギリス兵の背中を、万感こもる目でいつまでも、いつまでもにらみつけていた……


●リミットは五百億人
アシモフというSF作家が試算していますが、五百億人というのは、地球上の光合成でつくられる有機物の限界であると。(そのときには人間以外の生き物は全滅してる) 202



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Starting point 1979?1996-/Hayao Miyazaki (1)
- Don't let parents 食い殺? As it grows up with the 捧ぐ ethos boy and the youth innocently (omitted) in a good child, [ bad ] There is also a dark ヤミ situation of taking an examination. Did he notice [ it was going to see by its eyes, and ] if it rises by itself and does not make a living, and did it develop, and you were also going to neglect a child's essential pure support, and did it moreover, draw the graphic novel of grudge ツラミ?
It looks at "white 蛇伝", and as the scales dropped from the eyes, it is a reason for having thought that a child's gentleness and a generous thing should have been drawn.
Parents are disposed to trample [ however, ] down a child's purity and generosity.
Then, I thought that he would like to send out at a world a work which says toward a child, "Don't let you and parents 食い殺."
It is independence from parents.
82
(Parents will be society and will be organization.)
at the same time it does substitution of child-rearing that Mr. Miyazaki is carrying out messaging to a child, and he was not occupied with work -- one's childhood = -- balance is maintained somehow or other as a social oppression and power are irrational
- When May went into the cellar of トトロ, I was glad to have heard that children hid under the chair in some kindergarten (it is ? at a show meeting or something) where the children who were seeing the movie hid under the chair all at once.
if interesting when if fearful eerie are lovely for a child -- it is mixed.
It is dreadful that it is exciting at somewhere.
It is a mistake which it is divided and is divided with if a little bird, flower arrangement, and 蝶々 are lovely and it is unpleasant here, the thing which does damage.
Also in the bottle of a soda, and 蝶々, the world has adhered [ the beer bottle ] by somewhere.
Since it will be divided in a grown-up sense of values and will do, saying "You should call it キャー if a snake comes out", can very petty children do it?
557

The memo about a dynamite lei / "Eliade" ? fascination
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As soon as the face of the dynamite lei saw and cooked suddenly, it went to the library.
That day has an important meaning for this tale.
I will copy a diary.
< -- she was dejected among them and on the verge of tears.
I said that I came since you were called.
She was surprised at the language.
since it is after it and in the middle of a letter -- again -- it separated.
It finished writing, it returned, and when it went, the dynamite lei was sleeping on the sofa in front of a desk.
It stirred up.
It was startled by her and she opened eyes wide greatly.
I gazed closely.
She united eyes and eyes and inquired with "what ?" that she coveted and whispered about my look.
In the back, voice was not able to come out of her any longer, and I was not able to ask.
Two persons could not resist, were not able to shake off fascination, 陶然と(ing), gazing at each other and leaving the body to the same indescribable thing that flows gently, and were not able to return to a crack.
The emotions cannot be described well.
No souls try to resist before that, and it twists, and is [ quiet ] atrocious joy simultaneously.
Extreme happiness of the feelings beyond organic functions as if it was concerned with the happiness on heavens at 恩寵.
At first, the state was maintained only by merely gazing at each other.
And two persons began to touch a mutual hand.
に [ it still does not look aside ].
Violent caress which it grasps tightly and is self-sacrifice.
(Since it was reading about the mysterious love of chai タニヤ notes / just before that, its experience is expressed in the mystical term here.) the next -- natural -- kiss in a hand.
She forgets most cracks, since she was biting her lip passionately (to purity [ Moreover ]), will also be able to kiss a lip and will be able to do it anything.
I strained my power and controlled myself.
The situation was very dangerous.
It was open from stairs.
A dynamite lei is mystical emotional status.
(I used notes / term [ in a diary ] briskly [ those days / the influence of a ヴァイシュナヴ group's literature ] of "being mystical".)
Anyway, "mystical experience always" of notes each time this day written down on the scribbled notebook is made from beginning to end.
Humorous thing. It was inquired once again why two of me could not be connected.
She shuddered up.
Trying to try, I asked recite twice the mantra for protecting from danger the purity which she learned from Tagore.
However, even after she repeated it, fascination did not disappear.
A proof stood on her now.
Because, two persons' experience is since I also believed when it took hold on the love instead of a sex in spite of having been expressed as an honest feeling of meat.
I sensed and verified a humane wonder by vision by tactile feeling called contact with the supernature by meat.
This experience continued for 2 hours until two persons were tired out.
It is > which only gazes at a partner's look and was able to be begun again at any time.
The dynamite lei removed sandals to me and told me the leg to her direction.
He never forgets excitement of contact of the first leg.
All the jealousy envy borne by then is 酬われたs.
In this trance of an ankle and a calf, it turned out that all had been given to me in the form which was not yet once.
He has forgotten the sight in a terrace.
I had murmured like the contact of this leg where nobody can do deceiving me that divinely on the breast.
88
- Child-rearing is serious.
Child-rearing is really serious, after it finishes, it is carried out [ mind "whether it can do well to a slight degree shortly" ], but it is already then weak.
558
- Negotiating about trouble is this world.
I think that there cannot be what "trouble is not made to others for."
Even if full of love and goodwill, its shadow is forced mutually, and I suit and came to regard trouble as this world negotiating, and growing up or living.
170
- Wherever real autonomy and the human being he has established truly to the thought which is not filled may go, he should be able to take same attitude against anyone.
(Omission) Going away in the world must do such a thing a lot.
かどうか [ having done so and having succeeded ] -- saying -- not but -- then, it is a problem that there is a portion which is not filled.
What fills oneself most at such a time?
514

- foolishness cannot be denied -- the pain [ body / ? consciousness, self-consciousness, and / my ] ..... when severe, it cannot even perform asking whether to be that as used in the field of [ a station employee ] this wicket -- it is also shameful what should just follow which way by Naka of a town, and to stop and look.
He will walk along the way which is different intently, and it will go to a surprising place.
if such a foolish thing is done a lot and it becomes this (omitted) age -- such a thing -- a kind -- it came to see objective agreeably.
(Omission)
although anyone thinks that he is experienced, it is doing that it is foolish in it being various -- it is absent -- man.
Therefore, I think that it is not good or cannot deny it that it is not right.
Isn't it that divide, however there is the touch which is not doing without limit and is doing (also in case of what he will want to cry and will become if an omission remembers) and to require that it is also required and that such a thing must also be done?
516
- Impression that the time of acceleration has ? work Since 518 (free translation) Japan thinks that there is still work a lot, although it does not have impression in having work itself wholly, if it sees globally, there is much よう of a country without work.
If it comes out of a school, there are [ unemployment and ] more such a countries as it is.
(Omission) It is the 50s to have reached the peak, when it was World War I of the United States having become a debtor country from the creditor country.
(It is said that the economy of the omission ?? United States has fallen) It is far shorter than a period until it goes to ruin from the Victoria era of the heyday of Britain.
When it was the years Age of Civil Wars in China, the peach was in 500 years (omitted.).
Even if there are poverty and war, it is.
If the Soviet Union was also an old dynasty, although it had 300 years, the socialism system had only 70 years.
Acceleration is extremely attached to the time.
????????????????
[About a time] (BT 2012_7 "Demi Anh Hearst")
????????????????
It is the same as the idea which someone already did many of that H I did or many of that a young artist does.
It is useless, if you do not study so that an art history may be coveted in order to do something.
By doing so, it is ready for something that he can do.
He has noticed that the time when I am alive is not reflected in what he is building at all at a certain time.
what kind of thing has a meaning now [ "] -- ?"
There was no such time a certain meaning and until now.
Many things have broken out anyhow.
In order to correspond to the present condition, it is necessary to face by the method different from former.
First of all, I will stand and return in my past.
It remembered having observed the human body in the anatomy museum in Leeds, and having drawn drawing by saying.
That I was asking differed from da Vinci.
It was the structure of the tank that is my interest Mukai directly and was.
It was made into the work as it was.
48

- Make a living the time of chaos. 519 (free translation)
(Pig of red) Although it felt having come to the turning point of the time when manufacture was started (omitted.),
It is what kind of meaning although he thinks that it came when it had grasped, what kind of time or, this turning point has by bringing about what kind of change until now.... It could not but make not understood well.
It finished making and ascertaining stuck.
It is saying at a word and saying, "While becoming グチャグチャ, it still cannot but make a living."
As a future view by the 80s, I think that there was a certain kind of eschatology.
Japan becomes large rapidly as it is, and ドカーン and something burst one day and civilization is ruined at once, or the Great Kanto Earthquake comes to Tokyo again, and it becomes a whole surface burned field, or
(Omitted.)
I think that it is said for the cause that it will carry out, and that it could carry out and there was a wish when becoming so wholly, thinking that it will be severe.
Even a kind and eschatology were sweet.
Although it is the time it will enter in the 90s and the plan of "the pig of red" began to move exactly, the Soviet Union collapses and an ethnic conflict intensifies (omitted.).
In Japan, it has found that the economic bubble was able to be flipped before its eyes.
It came to be thought that a so pure end does not come.
(Omission)
The 21st century is not finished.
It cannot but make a living dragging all and repeating the same foolish thing.
(Climate and environment worsening) If it is better to build a child in large numbers if possible if I will make a living bravely still somehow, and to make a living together with the time, being frightened of various things while atopy, neurosis and AIDS, and cancer cases also increase in number.
Only Japan closes the country, if it cannot separate with the world and cannot make a living at all, in the world which continue increasing in number, those fellows say that population is bad and it closes the country, or it is not and well unavoidable, when race war is done -- it will live together -- ascertaining that I will bear and will live [ will be and ] even if it may come to the head, and that only it had good it stuck.
It is the kana which ten more years and a half of me itself are fine, and cannot be valid now.
I feel that such capital was got with "the pig of red."
(The "アニメージュ" August, 1992 issue) 520
- it does that it can do on the level of a life -- not ? introduction but particulars Since the gap between particulars and an introduction is divided somehow, doesn't it work 532 (free translation) human being?
however, it is alike occasionally, it carries out and man can be satisfied with particulars.
if it looks down and watches and takes down to an introduction, this is already useless -- although it falls into .... and the feeling which 鬱々(ed), if it gets down downward and a situation is looked at anew, at hand, there is a way which shone, and if you are walking, it will become fine somehow.
A view changes by where its eyes are defined.
Although there are it and a place which thinks will be what how (smile), I would like to do that it can do on the level of a life, without forgetting riding in a car, giving off exhaust gas or being alive useless by oneself rather than speaking a big thing from a platform in symposium or a lecture. [ useless ]
I do not want to say none even of such things in fact.
I do not want to carry out an excuse and appeal.
I would like to be silent.

It was worshipped like a religion term and was conversely criticized severely rather than it called it a philosophy term it "is the same in inconsistency self absolutely". [ which it was shown at maximum later years ]
The summary "The past and the future deny mutually in the present, the Ai ながらも is connected, and it works from the present to the present,", Or it is also called "the logic regarding the place" ("self is the true self at the place which denies self") which recaught Daisetz Suzuki's "logic of 即非" (thought which 通底 to 金剛経 "A is un-A and it is just A by it") in European philosophy.
There, the essence of the Nishida philosophy which was [ that action and thought are inexcusable and ] indivisible has appeared.
- Farewell from Osamu Tezuka? There is only meaningless death!
It was said that what was drawn resembled Mr. Tezuka.
It had a sense of humiliation very much.
Although there were some persons who say that what is necessary is just to enter from a copy, then, I was convinced that it is bad.
(Omission) When Mr. Tezuka was resembled and he did not get a private seal colander, either, scribble which the wardrobe pulled out and had been accumulated a lot was all burned.
All were burned, and the sketch and the sketch were begun so as [ now, ] to decide on the heart and not to carry out fundamental study, if it is a start newly.
But it cannot slip out so simply.... 232
"When leaving for Fukuoka for going to a high school, there is a scene of tearing and throwing away the letter and photograph which friends handed, but this may be able to be called ceremonial thing for having a new start.
It can be said to be very important mental skill that motivation can be raised and severer efforts can be stepped up by such autosuggestion."
■ If the /Ray Bradbury inferiority complex which Bradbury comes is conceived, technology will merely deteriorate truly by the shortage of experience in many cases.
157
When an insect pro's "(it is a work) a certain street corner" was seen, for me, Osamu Tezuka got good-bye truly.
War is decorated and built.
It is ナルシスム of the beauty (although he wanted to use the word "beauty" and it dropped off) of an end.
Yamato ("battleship Yamato") -- the same -- obsceneness peculiar to that generation has appeared so that those two men and women of a poster may burn.
Only the peculiarity and a girl have survived.
No, in order to make it survive, the atomic bomb was avoided, and it was made the conventional war.
(if omission ?? war is considered, war is considered and war is expressed) That small girl has only meaningless death!
It cannot but draw.
147
The Kachin fellows' head basket / Takahiko Senoo ????????????????
The soldier of the British army who came for the inspection heard it at the time of a repatriation boarding goods inspection.
"What is this paper?"
I who "am the record which spelled my experience in the present great war" answered honestly.
"キロク?
A takeout of such a document is not allowed as directed beforehand."
The British soldier said heartlessly.
Although he heard that the kind of pictures and a photograph is useless, it does not hear that it is such about individual record.
Although I became desperate and filed a protest, I am one-point ばり of "no."
It is the record which has kept protecting even that bleached-bones highway as even if it replaces with a life also during several battle.
This is just my dream and has even a life.
If this can be taken up, what will remain in present me....
クワーッ and blood have reached the head.
I who try to clutch at the Hanabusa soldier was pressed down, and the war comrade shouted.
"It brings near and foolish imitation is ッ.
It is a vital problem, if such [ now ] a thing is done and our return is affected.
after-homecoming recollections are carried out in record etc., and it can write -- coming out -- or there is nothing -- " -- I swallowed my tears and followed his word.
War with whether you are a creator of episode and the visible whole surface was also exactly a producer of the thorough tragedy after all temporarily.
With confiscation of the record described in 刻明, the dream over my Kachin plateau is also held away.
I hung record of たわたし easily in slight energy depth, and was glaring at last British soldier's back forever forever by the eye with which it is filled 10,000 admiration....
- Limits are 50 billion people.
50 billion people are as it is a limit of the organic matter built with the photosynthesis on the earth although a science fictioneer called Asimov is making the trial calculation.
(Then, living things other than man are wiped out) 202
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posted by bibo at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | BOOK | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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