2013年01月19日

【 夢 】 バークレー、ブルズ、プリンセス・プリンセス、焼き蟹の定食


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バークレーとバレーボール
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おれのトスに反応して、はんぱない高い打点からスパイクを打ったのはチャールズ・バークレーだ。
おれは負けたくないのでトスもスパイクもレシーブも必死にやるが、バークレーのフィジカルが凄くて、いまの段階じゃ敵わないと思い知らされる。
おれはアンタがバスケのプレイヤーだったときから好きじゃなかった、あのプレースタイル、ふてぶてしい不細工な顔、パワフルなスタイル……バカにしてたあんたに敵わないなんて、まじで悔しい……
だが、いまに見てろよこの野郎! と、バークレーを睨む。

おれたちは同じバレーボールのプロクラブに所属しているらしい。
着ているのはシカゴ・ブルズのジャージだ。




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1/16 プリンセス・プリンセス
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三階建てくらいのマンションっぽい建物。
どれだけの人がいるのかわからないが、建物全体がシェアハウスとして共有されているらしく、あちこちに人の気配があって、だけどせわしくはない。
おだやかな空気と和やかな様子は昼下がりの大学キャンパスに近いかもしれない。

部屋の仕切りはコンクリートの壁だが、すべての壁に扉があって、あけることができる。
鍵をかけてプライバシーが確保される。あかない扉はあかない。
どこもかしこも基調は白だ。
中庭があって日当たりもいい。
各部屋には縁側がついていて庭が眺められる。
日中は解放的な雰囲気に溢れ、行き来も自由にできるらしい。
部屋の間仕切りは障子戸で、日差しにすける障子紙が神々しく白い。

おれの部屋はお気に入りの本が壁際に並び、モーダルなジャズがかかってる。
誰かが入ってきて一望する。
その人物の「いい部屋じゃーん」という心の声が聞こえ、いい気分になる。
(こういう趣味の悪さから考えると、ここにいるおれは十代の終わりから二十代前半だろう)

カットがかわって共有のホール ――

絨毯はベルベットっぽい素材で、カラーは“お決まりの”ブルーだ。
もったいぶった歌い方でトローンとしている女が舞台にいて、どこかからそれを覗き見する白人男が卑猥な恰好をしてるかといえば、そうじゃない。
ホールでは大学生くらいの男女が輪になって歌を歌っている。
ナンバーはプリンセンスプリンセスの『世界でいちばん熱い夏』だ。
人の輪をマイクがわたる。
一人ひと節づつ歌い、隣の人に渡され、ついにおれの番になる。
初めて聞いたこの曲の節が気に入ったらしく、場の雰囲気や喉の好調子にもあてられて、おれだけ「ふた節」を歌い上げてしまう。
(しかもサビのところ)
そんなこっ恥ずかしい違反は誰も咎められず、高揚した表情で合唱がやまない。
みな肩や頭を揺らして音楽を楽しんでいる。


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1/18 N先生がK川に来店
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ガラガラガラ ――
「どーもー! 食事できますかー!」
片づけをしていたとーちゃんがカウンターから入り戸のほうを向く。
N先生が風を切って入ってくる。
おれは席を立って迎えに行く。
実はとーちゃんは仕入れに出かけるところで、それで片づけをしていたんだけど「ああ、いいですよ」と調理の準備を整える。

「えーっと、じゃあこの……焼き蟹の定食ください!」

作り始めて20分くらいして先生がとーちゃんに尋ねる。
「あとどれくらいで出来ます?」
「40分くらいかかりますねー」
「え! いやー20分くらいで食べられるものだと決め付けちゃってました!」とN先生。
「ああ、たしか高知の焼き蟹は20分くらいでさっと炙って仕上げるんですよね。東京だと作り方が違うんで、だいたい一時間くらいかかるんですよ」
「そうですか! 休み終わってしまうんですが授業には遅刻して食べていくことにします!」
「よろしく」と、とーちゃんが笑う。
朝方、おれに向かって「今日の蟹は旨いぞ。炙ると蟹味噌が最高に香ばしくなる」と言ってた。
自慢の定食を作れることが嬉しそうだ。
てきぱきやって充実の表情。
「おまえも何か喰うだろ?」
とーちゃんはおれの飯も作ってくれるらしい。







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2013年01月13日

1/13) 【 夢 】 ほほえみのイェリネク


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シンポジウムの会場、だだっ広い。
時間帯は昼。

横長の机にひとりだけ白人の(金髪のロング)女性が座ってた。
目があうと、それがイェリネクだった。
(ルックスはビーチングさん)

「 ―― イェリネクさん?!」
おれは驚きと嬉しさ、畏れに痺れ、思わず声を漏らす。
日本語だったのにイェリネクさんは応えてくれた。
「コンニチワ」
やわらかな笑顔だ。

おれはしどろもどろになりながら……「おれはあなたの作品のファンで、おれは書き物をしてるんだけどあなたにすごく励まされていて……ずっと真っ直ぐ書き物をしていたけど違和感みたいなものがあったり、糟や煤が溜まってきたみたいな心地の悪さもあって……!」と向こう見ずなお喋りを続けてしまう。

「それで……どうにも潰れそうな時期、自分を見失いかけてたタイミングで『光のない。』を手にとって、ぶわっと一気に拓けたんです。こういったスタイルを貫いてる人がいるんだって、おれも思うがまま徹底的に書けばいい、誰かの言ったとおりとか業界のルールみたいなものに貶めるなんてやめて、いますぐにでも……噴きあがって来る言葉やイメージを汲み尽すところから始めようって、元気になれたんです!」

イェリネクさんは、お喋りの止まないおれの隣で話を遮ることなく、あの器の大きな雰囲気で聞き手を務めてくれた。
ときに「フムフム……! ソレデ? ソレデ!?」というニュアンスの篭もった微笑みを挿して。



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エルフリーデ・イェリネク
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オーストリアのミュルツツーシュラーグに生まれる。父はユダヤ・チェコ系の化学者で、母はウィーンの富裕層出身のカトリックであった。ギムナジウム時代よりウィーン市立音楽院に通い、パイプオルガン、ピアノ、リコーダーを、のちに作曲を学ぶ。ウィーン大学で美術史と演劇学を専攻し、在学中の1967年に詩集を出版。同年大学を中退し作家活動を開始する。他方音楽学校での勉強は続けており、1971年にオルガン奏者国家試験に合格し卒業している。
イェリネクの活動は小説、劇作、エッセイ、翻訳、ラジオドラマや映画のシナリオなど多岐に渡る。1974年から1991年まで共産党に入党しており、初期にはマルクス主義の観点からの文明批判的な作品が多かったが、後に父権社会や自国オーストリアの保守性に対する糾弾に重点を移していった。1998年のゲオルク・ビュヒナー賞受賞をはじめ多数の文学賞を受賞し国際的にも評価が高いが、過激な性描写や辛辣な自国批判などからオーストリアの保守団体からは「ポルノ作家」などとして非難にさらされることも多い。

1983年の小説作品『ピアニスト』はミヒャエル・ハネケによって映画化され2001年のカンヌ国際映画祭でグランプリに選ばれている。

2004年のノーベル文学賞受賞の際には「自分が公の人になってしまうのは残念だ」と述べ、トマス・ピンチョンや同じオーストリア出身のペーター・ハントケのほうがふさわしいのではないか、と語った。
また2005年、イェリネクの作品を「不愉快なポルノグラフィ」「芸術的な構築を放棄した文章の山」としてノーベル賞の授賞に抗議し、クヌット・アーンルンド(en)がスウェーデン・アカデミーを退会している。

「最も注目され、また最も嫌われている作家」と称され、また自称する ――

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posted by bibo at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | DREAM | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする