2013年02月05日

ダウン症/障害者についてのメモ


【 聴いた/効いた 】 NHK FM  〔人権インタビューシリーズ〕アンコール 
『生まれないほうがいい命なんてない』
〜ダウン症のある女性 岩元綾 
(本放送H24.12.8)
posted at 03:29:05

「ダウン症は個性じゃない。障害は個性じゃない」
posted at 03:29:32

「障害は乗り越えられない壁です。大丈夫かもしれない、超えられるかも知れないって何度も思ったけれど、やっぱりどうにもなりません」
posted at 03:30:08

「だけど身近な人の障害への理解と助けがあれば、この壁は低くなります」
posted at 03:30:49

「私は産んでくれて育ててくれた両親に感謝しています」
posted at 03:31:06

「胎児の障害の有無をチェックして、中絶するかどうか選ばせる技術があるけれど、私は反対です。生まれてこなければいい命なんてないんです。たとえ障害があったとしても、子供は必ず自分なりの幸せを見つけます。そういう子供の力を信じて欲しいです」
posted at 03:34:26

「(胎児に障害があるかどうか早期発見する技術を開発するのではなく)障害があろうとなかろうと、すべての人間が平和に幸せに暮せる社会を目指し、実現するようにしていくことが最優先だと思います」
posted at 03:37:10

遠藤さんはダウン症とともに生きる日本人として、はじめて大学を卒業した方らしい。1990年代まで一人もいなかったなんて、信じがたい。ご本人にしても、大学生になるまでご両親から自分がダウン症であることを知らされてなくて、ダウン症のテレビ番組を見ているときお父様から聞かされたときはショックで頭が真っ白になったと話していた。
posted at 03:40:18

将来への不安、周囲から白い目で見られるのではないかという恐怖、そして自身にあった「障害者への差別感情」 ―― どうしたらいいかわからなくなったと話していた。まさか私が……という気持ちだったと。いまではダウン症の知見を広める活動をされる遠藤さんにしても、こうした差別感情の自覚から始まってる。
posted at 03:41:40

遠藤さんは講演に出るようになって、日本全国のダウン症者やその家族から、「障害者なんて付き合えない」「うちの家系には障害者は出ないから」と突き放され、差別を受けるという悩みを打ち明けられるようになる。根は深い。「血筋に・・・」はあらゆる障害・心身症を患った人間が言われること。
posted at 03:43:40

理解を得るのは難しい。軽蔑、差別の根っこにあるのは恐怖という感情だ。現実や本質を見て知って考えれば「血筋に/親戚筋に/家系に」と拒んだり、はねつけることなんてないと分かるはずなのに。無理解と無慈悲の殻に隠れ、現実を受け止めずに逃げる。怖いからだ。なぜ怖がるのか。差別者それぞれに理由がある。
posted at 03:45:31

遠藤さんは人生を不安に思い、どうしたらいいか怖くなっていたとき、お母様から「これまでだって、あなたはあなたの人生を生きてきた。ひるむことはない。誇りを持って生きなさい」と言葉をかけられ、立ち直るきっかけをつかめたと話していた。ご両親にしても悩みに悩んだ末の告白だったろう。胸の内を察する。
posted at 03:48:30

「私はダウン症だったからこそ、日本各地を旅し、外国にも行けました。いまは幸せです。子供は必ず自分の幸せを見つけます。信じて欲しいです」
posted at 03:50:33

遠藤さんは身につけた英語でダウン症関連の資料・書籍を訳し、世界中のダウン症患者のために生きたいとおっしゃった。いまはフランス語の習得を目指し、ゆくゆくはフランス語翻訳にも携わりたいという夢に向かっていると ――
posted at 03:51:46

岩元綾ホームページ  http://www.mct.ne.jp/users/ayaiwamo7/jpindex.htm
posted at 03:52:25

「人間の染色体は2本ずつ、23対ある。 その中で21番目の染色体がなぜか1本多 く3本になる。これが21トリソミー(ダ ウン症)だ。この1本がさまざまな障害 をもたらすと人々は言う。  しかし、母はこの1本多い染色体には やさしさと可能性がいっぱい詰まって いるという。
posted at 03:56:26

その言葉は私の心を救っ た。  目を閉じて、21番目の染色体の中に は、無限の可能性もあると想像 してみて!きっとあなたもやさ しくなれる!」  ―― 21番目のやさしさに ーダウン症のわたしから 岩元 綾  著
posted at 03:57:43



胎児がダウン症とわかったら中絶する、という選択。外国の調査率だと85%越えてるという数字がウィキに出てて信じられなかった。これを倫理的に批判するのはやさしい。気になったのはこれが優生観の表出であり、ナチスの人間観や学歴・経歴優秀なDNAを使用した産み分けと酷似しているという点だ。
posted at 04:07:23

ダウン症だということでもって生まないとしたら、それは人間には健常と異常があるという価値観の表れだ。ジョージ・ウィルという人はこの選択を「中絶による優生学」と定義したらしい。もっともだ。
posted at 04:09:14

経済的な負担で泣く泣く中絶する人もいるだろう。

「産めよ増やせよ! さもなくば我が国は滅亡!」と煽り立てる行政が、生まれた子供を支援しない。障害児の独立・自立した生活が難しいのなら、終生をいかにサポートするか、支援と自立の最良なバランスを探り、実践するのは当たり前の話だ。しかし、それは行われていないんだろう。
posted at 04:18:24

(障害者とその家族へのサポートが十分に機能し、またサポートは得られると伝わっているなら、障害があるからといって人間を産まない、健常ではない異常だと切り捨てて廃棄するなんて選択は取らないだろ?)

行政のやつら「あらら、生んでみたら障害児だったんですか? 大変ですねー。同情はしますが面倒は見ませんよぉ」の態度。金稼ぐ/金使う“真人間”以外には用なしだと。経済のための(搾取のための)サイボーグだけに話があるんだと。いわば行政や政府が必要としてるのは人間じゃなくロボットだ。
posted at 04:19:56

そういった非人間的な行政や社会の本性を(本音を)、ほかでもない「人間ではない」として切り捨てられた障害者の存在が気づかせるという皮肉だ。効率と経済だけを優先する国、現在、経済社会、世界。結果、誰も幸せにならない。みなが人を出し抜き、人を裏切り、嘘をつくばかり。じょうずに人を蹴落とす奴が上にあがるだけ。
posted at 04:21:48

なんのための経済なのか。なんのための右肩上がりの成長なのか。「成長戦略」とは一体何なのか。何のためなのか。その「成長」は誰のためになって、なんの成長で、どうなるのか? 金がまわらなきゃ崩れる社会の成り立ちが間違っている。そこにしか生きられなくなった人間の不幸であり空しさだ。
posted at 04:23:18

歩けない奴に合わせ道を作る。目が見えない人間が迷いなく出かけられる街にする。耳が聞えない人が不自由なくコミュニケートできる学校や職場を立ち上げる。どれだけ風通しがよく、すこやかで、ほがらかな日本になるだろう。大怪我をしても患っても生きていける社会だ。いまよりずっと生き易いだろう。
posted at 04:30:08

障害者は歓迎されるだろう。たとえば歩けない人間が生まれれば、その人にどういったケアやシステムがあれば一緒に無理なく過ごせるかが考えられるんだ。実現すれば、人間の暮らしがより賢く、やさしく、やわらかなものになる。障害者は新たな知恵と工夫を授けてくれる存在として尊ばれるだろう。
posted at 04:33:46

発展とは、知恵とは、人間にとって豊かな将来設計とは、そうあるべきなんじゃないのか? 前近代への虚しき回帰――近い未来に崩壊と失墜が見え見えの経済ベースのシステムにしがみつき、差別と虚実、苛立ちと焦り、弱者と守銭奴を増やすだけの政策のどこに大儀が、希望が、未来があるんだろう。
posted at 04:37:28



------------------------------------
ダウン症候群
------------------------------------
ダウン症候群(ダウンしょうこうぐん、英: Down syndrome)は、体細胞の21番染色体が1本余分に存在し、計3本(トリソミー症)持つことによって発症する、先天性の疾患群。ダウン症とも呼ばれる。多くは第1減数分裂時の不分離によって生じる他、第2減数分裂時に起こる。治療法・治療薬はない。蒙古症とも呼ばれる。

ダウン症候群 22対の常染色体のうち21番以外の染色体は全て正常な2本組(ダイソミー)だが、21番染色体だけは3本組(トリソミー)になっており、これがダウン症候群を引き起こす原因になる。右下に見えるXとYは性染色体。

1866年に英国の眼科医ジョン・ラングドン・ハイドン・ダウンが論文『白痴の民族学的分類に関する考察』でその存在を発表(学会発表は1862年)。最初は「目尻が上がっていてまぶたの肉が厚い、鼻が低い、頬がまるい、あごが未発達、体は小柄、髪の毛はウェーブではなくて直毛で薄い」という特徴を捉えて「Mongolism(蒙古人症)」または「mongolian idiocy(蒙古痴呆症)」と称され、発生時障害により人種的に劣ったアジア人のレベルで発育が止まったために生じると説明されていた。ダウン博士によるこの人種差別的な理論はしかし、アジア人にもダウン症がみられることからすぐに破綻をきたした。
1959年、フランス人のジェローム・レジューンによって、21番染色体がトリソミーを形成していることが発見された。
1965年にWHOによって「Down syndrome(ダウン症候群)」を正式な名称とすることが決定された。
2012年、3月21日を国際連合が「世界ダウン症の日」に認定。21番染色体トリソミーにちなむ。

●原因
染色体の不分離や転座によっておこる。染色体の不分離によって起こるケースは全体の95%を占め、母親の出産年齢が高いほど発生頻度が増加する。25歳で1/1200、30歳で1/880、35歳で1/290、40歳で1/100、45歳で1/46という高齢出産で多発する研究報告がある。

●疫学
染色体トリソミーは21番染色体以外にも起こるが、性染色体以外の常染色体には生命活動に必須の遺伝情報が含まれるため、トリソミーがあった場合は死産となるか、出産できたとしても長くは生きられない。これに対し21番染色体は異常が致命的とならない場合がある。ただし、21トリソミーの胎児の80%は流産や死産に終わる。
遺伝子疾患及び染色体異常の中では最も発生頻度が高い。参考としてアメリカにおける統計では、20 - 24歳の母親による出産ではおよそ1/1562なのに対し、35 - 39歳でおよそ1/214、45歳以上の場合はおよそ1/19と高率となっており、母体の加齢により発生頻度は増加すると言える[3]。イギリスでは2000年の年間約600人の出生数が2006年には15%増え746人となった。原因は出産の高齢化による。
93%が標準型21トリソミー。5%が21番染色体が他の染色体に付着した転座型で、転座型の半分(全体の2%)は親が均衡型転座を保因する遺伝性転座。1 - 2%が、個体の中に正常核型の細胞と21トリソミー(21番目の染色体が3本ある核型)の細胞とが混在しているモザイク型である。標準型は精子、卵子形成時の減数分裂における染色体不分離が原因である。転座型は親の片方が均衡転座保因者であり、適切な遺伝カウンセリングを受ける必要がある。モザイク型は受精後の卵分裂の過程での不分離に基づく。細胞の一部はトリソミーというように混在する。そのため、重度な障害は無い。

●臨床像
知的障害、先天性心疾患、低身長、肥満、筋力の弱さ、頸椎の不安定性、眼科的問題(先天性白内障、眼振、斜視、屈折異常)、難聴があるが、必ず合併するわけではない。新生児期に哺乳不良やフロッピーインファントのような症状を示し、特異的顔貌、翼状頚、良く伸展するやわらかい皮膚などから疑われることもある。青年期以降にはストレスから来るうつ症状・早期退行を示す者もいる。男性の場合モザイク型を除き全て不妊となる一方、女性の場合多くは妊娠が可能であるが、胎児のダウン症候群発症率は50%である(ただし多くは自然流産となる)。陽気な性格でありながら、病的な気分屋・頑固な性質である。
40歳以降にアルツハイマー病が高確率でおきる。

●精神発達遅滞
一般に精神発達遅滞が認められる。

●合併奇形
ダウン症候群では高率に内臓の奇形を伴っている。
鎖肛
先天性心疾患
先天性食道閉鎖症
白血病、円錐角膜、斜視、甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症

●青年期の心理的問題
思春期から成人期にかけて、部屋に閉じこもる、寡黙になる、といった変化が急に現れることがあり、その多くは環境の変化や契機となる出来事への適応障害または心因反応と考えられている。しかしこの病態に対しての医学的な検討がまだ為されていないため、その治療については確立した方法がまだない。
思春期以降、性欲が理性でコントロールできないため、ケアに難渋することがある。カナダダウン症協会はダウン症者に性について理解させるための本を出版している。

●検査
妊娠段階において妊娠11週ごろに絨毛検査で確定的に診断することができるが、日本においては絨毛検査を実施している医療機関は少ない。妊娠15 - 16週ごろに、母体血清マーカー検査により確率的に診断することが、羊水染色体検査(羊水穿刺)で確定的に診断することが可能である(産婦人科病院で行われる)。検査結果が出るまでに2 - 3週間を要する。「妊婦検診等でこういった検査を勧められなかった」としても医療側の落ち度は無いとされる(裁判事例:京都地裁平成9年1月24日判決)。そのため妊婦は自ら医療側に進言(結婚している妊婦の場合夫婦の同意に基づく)しないと正式には行ってもらえない。また検査の結果も、正式には「妊婦側が聞くことを希望して初めて通知出来る」とされている。
英国では国策として出生前診断を推進している。

●中絶率
2002年の人工妊娠中絶率の文献レビューでは、イギリスとヨーロッパでダウン症と診断された妊婦のうち、91-93%が妊娠を中断した。イギリスの国家ダウン症候群細胞遺伝学登録簿(NDSCR)のデータによれば、登録が始まった1989年から2006年における、ダウン症候群の診断を受けた後に中絶を選んだ女性の割合は、継続的に約92%である。
アメリカでは、かなりの数の研究で、ダウン症胎児の中絶率調査が実施された。3つの研究では、それぞれ、95%、98%、87%となっている。

●倫理的な問題
医療倫理学者のロナルド・グリーンは、両親は自分の子孫に「遺伝的な害」が及ぶのを避ける義務があると主張している。イギリスのジャーナリスト、ドミニク・ローソンは、ダウン症の娘が生まれた際、彼女に対する無償の愛と、彼女が存在することの喜びと同時に、妻が検査を受けていれば中絶できたという外部の声に怒りを表明した。これに対し、長い期間、ダウン症協会の支援者であったクレア・レイナーは、ローソンの、娘への態度を絶賛すると共に、ローソンが障害検査と発見時に中絶をすすめる医師や助産師を酷評することには賛成できず、障害検査と中絶を次のように擁護した。「辛い事実としては、障害を持った個人の面倒をみるということは、人力、哀れみ、エネルギー、そして有限の資源であるお金がとても掛かると言う事だ・・・。まだ親になっていない人は、自分に問いかけてみるべきだ。自分が他人(社会)にその重荷を背負わせる権利があるのか、もちろん、その重荷の自分の持分をすすんで引き受ける前提としてだが。」
この高い中絶率と言う倫理的な結果を憂慮する医師や倫理学者もいる。ピューリッツァー賞を受賞した保守的な評論家で、息子の一人がダウン症であるジョージ・ウィルはそれを「中絶による優生学」と呼んでいる。

●治療
ダウン症は染色体異常であるため、根本的な治療方法は無い。




posted by bibo at 05:09| Comment(0) | TrackBack(0) | TWITTER | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月12日

2013年01月10日/6tweets

2013年01月10日(木) 6 tweets

50voice.jpg

NHK 22:55- あなたが主役 50ボイス「二十歳の春ボイス」[字]  
50人の生の声を通して、現代日本人の本音に迫る番組。1月14日は成人の日ということで「二十歳の春」をテーマにする。苦しい時代、大きな夢に向かう若者にエールを送る
posted at 19:05:52,



1.躍進する桐光学園 〜高校サッカー冬の選手権  2.野球人 日本ハム・稲葉篤紀 3.ろーかる直送便/牧野富太郎  http://bibobibobibo.seesaa.net/article/312498740.html
posted at 19:06:41,

『出発点』のコピライズに6時間くらいかかってた。楽しすぎてすっ飛んだ。まとめにはもう二時間くらい。 
posted at 19:09:18,

久々にからっとしたコンディションで黙々と読み書きが出来ている。朝型がフィットしてるのと、無理してでも朝型に戻そうと思えたメンタルの状態が集中力にもポジティブに作用しているのとある。
posted at 19:09:24,

昨年末から社会悪に関心が生まれ、未だ捉われてるのは、おれのなかの惡のことなんだろう、神経質になる大きな理由の一つは、おそらくそうだろう。すぐに正体が暴けるはずはないが、他者や外界ではなく内在や内界を自覚し、アレルギー反応であるとわかった上で考えていかないと「私」と隔絶してしまう。
posted at 19:12:33

コンプレックスやヒステリーとして考えること。問題の渦中にまず自分自身を置いてみること。
posted at 19:13:10

posted by bibo at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | TWITTER | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月07日

1/6 ツイログ 〜権力についての覚書《メモランダム》〜


------------------------------------
●スケッチ
------------------------------------

2013年01月07日(月) 11 tweets

出口なお、王仁三郎のウィキが面白すぎる。今日は半日、この二人にかかりきり。いったいおれはいつ眠るのか。
posted at 07:54:05 削除

とにかくスケールがはんぱじゃねえ。神がかった結果、5万人の信者を集め、そして弾圧される。カリスマっつーのはこういう人たちのことを言うんであって、まったく小物にあててる現代の状況・・・それと、これだけの神秘的な大物をいともかんたんに潰す、国家権力の強大さ。国家ってなんなのか。
posted at 07:56:23 削除

壊滅、いや殲滅させるっていう超暴力を繰り出す権力。国家間の戦争っていうのは、権力VS権力なのかっていうと、おそらくそれは違う。権力とは何なんだっていう疑問と、おそらく権力を「行使する側」と「行使される側」との対立関係の問題なんだろうという察し、かつ、弱者に対する弾圧なんじゃっていう予感と悪寒と。
posted at 07:58:28 削除

戦争は権力VS権力じゃない。ここは気になる。
posted at 07:59:09 削除

警察も官僚も権力の飼い犬だが、こいつらは各グループや所属の上司の犬で、上司はその上司の犬で、その上司は・・・誰の犬なのか。そして犬を飼ってるヤツがいるのかどうか。天皇ではないだろう。現代はそこには断絶がある。じゃあ誰だ? 首相? それはない。権力を掌握する奴の正体が見えない。
posted at 08:01:27 削除

それはどういうことかというと、なんのための権力なのかがわからないという気持ち悪さだ。日本がアメリカの犬だっていうなら、話は早いし、この当て勘は・・・おおよそ間違ってないとは思うが、かといって官僚や警察がアメリカに奉仕してないだろう。垂直・直列の関係にはない。じゃあ今、国家権力は何の為に個人を潰すんだ?
posted at 08:03:20 削除

結局「仕事して請け負ったこと」を無感動に無慈悲に反復しているだけじゃないか。それこそ機械《ロボット》のように。個人を潰す装置としての官僚機構、個人を取り締まるシステムである警察組織。悪のための悪。組織のための組織。組織を存在させるために駆動される権力的な原理。動因。権力のための権力。権力が権力として機動するために燃料として用いられる庶民。
posted at 08:05:31 削除

法律を遵守し、法律の施行を促す存在としての警察? 法曹界の人間たち。日本の法律は日本人が作ったものか? 法律は何のためにあるのか。平和、平等、平穏? ほんとか? 法律は何を守り、何を防ぎ、何を目指しているのか。法律は何かを目指しているものなのか。それとも壁や多い、枷としてのみか。
posted at 08:09:24 削除

画像と着想のメモ 【 ARNULF RAINER / アーノルフ・ライナー 】  http://bibobibobibo.seesaa.net/article/311912746.html?13575...
posted at 09:16:12 削除


1970-1980年代生まれとったらマルキシズムもなにもない。
階級的闘争だとか、ブルジョワに対するイライラみたいなものも実感としてない。
あるとしたらそれは主にTVを通してすりこまれたイメージ(芸能界やスポーツ界、政治業界、一部の財閥だとか金持ちたち富裕層のイメージ)だけ。
それははっきりいっておれの世界からは遠いどっかの話でしかなかった。
身近じゃなかった。
実生活のなかで問題だと思ったこともない。
高校卒業するまで「金持ちアピール」してくるような人間にも会ったことがない。
(家柄は金持ってるうんぬんだけじゃなく、職業や出身校、暮らしのエリアみたいなステータス・シンボルの話でもあるだろうが、聞き捨ててたのか興味がなかったから右から左に抜けてったのか、ほとんど覚えがない)。
まあ、そういうことだ。
もろもろはTVにブラッシュアップされた嫌味な情報として、なんとなくウザイと思わされる程度だった。
階級も差別も、貧富の差もなかった。
(ウチがそういうことに無頓着っていうかリベラルで差別感の少ない家だったからかもしれないが。ほかの家庭はどうだかわからん。ある家にはあったのかも)
いま宮崎駿さんの『出発点―1979~1996』を読んでて、これが読みどころ満載の本なんだが(とくに『ナウシカ』の背景・文脈に息づいている諸要素、宮崎さんの世界観が読ませるし、やっぱり彼の(ジブリの)作品の背骨や根幹がナウシカであり、十年以上も描き続けた漫画(本人いわく、才能がなくて下手っぴで、出たとこ勝負でやるしかなく、やめるにやめられず辛かった仕事)の執筆にあったことがよく、よくわかるし、いまおれが書こうとしている小説の中核に通じててって、まあそれが彼の本を読書してる一番大きなモチベーションなんだけど・・・)マルクスやマルクスの本に言及される箇所がかなりある。こんだけガッチガチの左翼な人の作品が、よくもまあ興行的に大成功を収めてるなっていう。まあ、まったくそういう意味で受けとられてないっていう、それこそ作家からしたら喜んでいいのか落ち込むべきなのか複雑な気持ちになりそうな話だ。
「もう階級とかじゃない。そういう考え方はやめた。棄てた。上と下とか、高いとか低いとか、そういう観点や二項対立で世界を(社会を)見たうえで、それを壊そうとか、払拭・更新・打破すればユートピアに近づけるんだみたいな考え方は、ぜんぶ棄てた。そこに理想はないし、理想郷も拓かれない。しんどいことだけれど、事実そうなんだと受け止める以外ない」とあちこちに書かれている。
まあ、この本の話はまたあらためてしよう。
マルキシズムを信じてた人にとっては、その有効性や神話性が崩れ去ってしまったことは挫折につながっただろう。
おれはそれがなかった。そういう背景や連関になかった。生まれてなかった、という確認をした。


posted by bibo at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | TWITTER | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。